2005年12月30日

沖縄といえば「お茶」〜その10「中国茶の歴史−D喫茶文明が最盛期の清代」

10月 4日 沖縄といえば「お茶」〜その1「緑茶」
10月 5日 沖縄といえば「お茶」〜その2「中国茶と日本茶の違い」
10月 6日 沖縄といえば「お茶」〜その3「チャとティーの語源」
10月 7日 沖縄といえば「お茶」〜その4
「世界のお茶を製法によって4つに分類する」
10月 8日 沖縄といえば「お茶」〜その5「中国茶の種類」
10月12日 沖縄といえば「お茶」〜その6
「中国茶の歴史−@発祥と起源」
10月16日 沖縄といえば「お茶」〜その7
「中国茶の歴史−A茶の始まりと変遷」
10月26日 沖縄といえば「お茶」〜その8
「中国茶の歴史−B茶の製法が発達した唐代」
10月29日 沖縄といえば「お茶」〜その9「中国茶の歴史−C宋代〜明代」


清代(1616〜1912年)に入ると、
中国各都市には「茶館」や「茶楼」が出来、
広東省で現在のスタイルの“飲茶(やむちゃ)”が始まり、
喫茶文化最盛期となります。

また、欧州への茶葉の輸出が始まったことで、
英国の紅茶文化が華やかになり、
英国人にとって紅茶が欠かせない存在になりました。

しかし、英国は茶貿易での銀流出を防ぐために、
インドのアヘンを中国に輸出してお茶を手に入れようとします。

中国側はアヘンの輸入を禁止したため、
アヘン戦争(1840〜1842年)が勃発してしまいます。

これが、清朝を崩壊へと導き、
その後「北京条約」によって、
イギリスやドイツが中国茶貿易の実権を持つようになりました。

そのため、中国茶の輸出が減少し、
中国の茶園や生産施設は荒廃してゆくことになりました。

posted by RIU at 21:03| 沖縄 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「茶」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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