2007年11月20日

食の乱れは国の乱れ!@

船場吉兆や赤福、白い恋人、比内鶏、
ミートホープ、不二家など、
最近の“食の不信”報道は、とどまるところをしらず、
カエサルを暗殺したブルータスは、
まだまだ日本だけでなく世界中に蔓延しているようです。

「何が安全で、どこが偽装しているのか」
という疑心暗鬼になり、
スーパーでは、食品の裏側の表示を
「ホントかな〜exclamation&question
と疑ぐり、
日本人得意の「昔は良かった症候群」に陥って、
「過去を美化して未来を憂う」
ロンリーハートになりがちですが、
「どうしてこうなってしまったのか」
を考えてみたいと思いました。


幼稚園や保育園では、
今はどうか判りませんが、
かつては昼食の前に
「おべんとうのうた」を合唱していましたね。


「おべんとう」
天野蝶作詞・一宮道子作曲/矢田部宏編曲

るんるんおべんと おべんと うれしいな
 おてても きれいに なりました
 みんな そろって ごあいさつるんるん
 (いただきますexclamation

るんるんおべんと おべんと うれしいな
 なんでも たべましょ よくかんで
 みんな すんだら ごあいさつるんるん
 (ごちそうさまexclamation



武士道から脈々と伝わっていた
日本人の道徳観の根源である儒教思想を、
戦後マッカーサーが排除してしまい、
 ・ 親に孝行しなさい(孝)
 ・ 人への思いやり(仁)
など、
“日本人らしさ”がいつしか消えつつありますが、
幼稚園や保育園にかろうじて残っている、
この「いただきます」「ごちそうさま」という挨拶は、
日本文化の真髄でもあるはずが、大人になるほど、
「食に対する感謝の気持ち」
は、
いつしか忘れていくようになっているようです。

“食べる”ということは、
野菜でも魚でも動物から「命を戴く」行為で、
人間が生きるために犠牲にされる植物や魚、動物はもちろん、
食べ物が消費者の口に入るまでの様々な過程に関与する方々に
感謝の気持ちを表わすことばが
「いただきます」「ごちそうさま」という挨拶だったわけです。

飽食日本は、
 ・ 食べ物のありがたさ
 ・ 手に入れることの難しさ
 ・ 感謝の気持ち
を忘れてしまい、
飲食企業は安全を無視して金儲けに走った結果が
現在に至っているように思うのです。

「宮崎をどげんかせんといかん」
と県民に訴えた東国原知事が当選する2年前に、宮崎県では、
農産物の恵みに感謝するのに最も分かりやすい活動として
「いただきますからはじめよう宣言」
をし、
「県民が食事の時に“いただきます”の言葉に乗せ、
 命の恵みを感謝する」

などの方針を掲げ、
子どもが朝食を抜いたり、
家族全員の食事の機会が減っている中、
食を見直そうという問題提起の意味もあって、
県内の公立小学校では給食時に
「いただきます」「ごちそうさま」
を唱えているそうです。

「日本の食をどげんかせんといかん」
という人は国政に登場しないのでしょうかexclamation&question
posted by RIU at 19:25| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 危険な農薬・ポストハーベスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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