2005年10月29日

沖縄といえば「お茶」〜その9「中国茶の歴史−C宋代〜明代」

10月 4日 沖縄といえば「お茶」〜その1「緑茶」
10月 5日 沖縄といえば「お茶」〜その2「中国茶と日本茶の違い」
10月 6日 沖縄といえば「お茶」〜その3「チャとティーの語源」
10月 7日 沖縄といえば「お茶」〜その4
「世界のお茶を製法によって4つに分類する」
10月 8日 沖縄といえば「お茶」〜その5「中国茶の種類」
10月12日 沖縄といえば「お茶」〜その6
「中国茶の歴史−@発祥と起源」
10月16日 沖縄といえば「お茶」〜その7
「中国茶の歴史−A茶の始まりと変遷」
10月26日 沖縄といえば「お茶」〜その8
「中国茶の歴史−B茶の製法が発達した唐代」

闘茶(とうちゃ)が盛んに行われた宋代
宋代(960〜1279年)になると、
茶は「固形茶」「散茶」が主流になり、
さらに製造技術が発展してゆきました。

この時代の朝廷や貴族、上流階層の人たちは、
製造するにも飲むにも手間のかかる
「龍鳳(りゅうほう)茶」と呼ばれる固形茶を尊重していました。

宋代には唐代からあったとされる、
新茶の季節にお茶の“湯色”と“湯花”に関する
「利き酒のお茶バージョン」のような
勝負の「闘茶(斗茶)」が盛んに行われ、
当時お茶好きの人が増えてきたことが分かります。

宋代末期になると「白茶」「龍井(ろんじん)茶」が出現し、
徐々に固形茶がすたれ、散茶の生産量が増えてゆきました。


“茶馬貿易”が盛んになった明代
明代(1368〜1644年)には
百片のお茶で馬1頭と交換できた「茶馬貿易」が盛んになり、
この頃になるとお茶は現在のような嗜好品ではなくて、
軍事力や生活の面で欠かせない重要な存在であったことが分かります。

明代の初めには貢茶制度は廃止され、
貢茶(固形茶)は「茶馬貿易」用となり、
散茶が主流となってゆきました。

当時はお茶の製造方法でも、
釜炒りして作る紗青(しょうせい)茶が完成されました。

明代末期の上流社会では武夷岩(ぶいがん)茶が人気を博し、
発酵茶である紅茶も作られるようになりました。

また、この時代では景徳鎮(けいとくちん)
窯(かま)が開かれたことによって、
茶器に対してのこだわりも大きくなり、
また宜興(ぎこう)の茶壷(ちゃこ)が人気となってゆきました。

さらに1600年代にはヨーロッパへお茶が伝わり、
英国で注目され始めます。

posted by RIU at 21:50| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「茶」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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