2006年06月07日

沖縄といえば「ニーム」

南太平洋のポリネシアでは
“ノニ”が「万能薬」として活用されてきました
が、
インドでは4千年前のインダス文明の時代から
“ニーム(インドセンダン)”が
「奇跡の木(ミラクルニーム)」
として、
虫下しや胃薬品、歯磨き、虫除けなど、
民間の万能治療薬として広く活用されてきました。

インドでは、家庭の庭や街路樹としても
よく見かける常緑高木だそうです。

樹液や樹皮、葉や種子、実など、全てが
・ 医薬品(熱病、強壮、皮膚病)
・ 化粧品
・ 入浴剤
・ ヘアケア
・ 茶
・ 種子油
・ 紙
・ 穀物や衣類の保存用
・ 有機肥料(防虫)
などで活用されるようです。

 ニームの木.jpg


アフリカのスーダンで、イナゴの大群が大襲来して、
ありとあらゆる木の葉や野菜類を食べ尽くされた
荒涼とした景色の中で、
緑々と残る木(ニーム)を、
ドイツの昆虫学者が目撃したことがきっかけで、
研究されることになったのだそうです。

ニームの種子から抽出した液には
強力な餓死能力を持つ成分が含まれて、
200種類以上の害虫に効果があるといわれています。

不思議なことに動物や農作物にはまったく無害なのに、
アブラムシ類、ハエ、さまざまな甲虫、幼虫など
虫だけに効果があるようなのです。

米国やドイツの政府機関などが
世界中の植物の約10万種類の殺虫効果や
忌避効果などを調査した結果、
ニームに勝るものは発見出来なかった、
といいますから相当な効果が期待できそうですね。

有機農業は、農薬に頼らない農法ですから、
ニームの木がもつ「虫を寄せ付けない忌避効果」というのは、
とても興味深いです。

葉を煮出した液を希釈して、
葉面散布させると効果があるそうですから、
ぜひコーヒーで試してみたいです。


日本で“センダン”と呼ばれる木は「栴檀」と書き、
漢方薬として渡来したようです。
・ 種子を「苦楝子(くれんし)」
・ 樹皮と根の表皮を「苦楝皮(くれんぴ)」
という生薬になるようですが、処方によっては、
センダンは動物に中毒事故も多いらしいですし、
世界にはセンダンと同じ種属50以上あり、
全部解明されていないようですから、
素人考えで勝手に判断するのは危険なようです。

ニームとセンダンの違いは
「葉・種子・花の形が違う」
と書いてありますが、
具体的にどこが同違うのか分かりませんから、
同じ殺虫効果や忌避効果として、
葉や樹皮を使う分には問題なさそうです。

“ニーム”は、有機農業の本には、よく登場してきます。

posted by RIU at 16:19| 沖縄 ☔| Comment(1) | TrackBack(1) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

銀色に揺れる“さとうきびの花”

さとうきびの花が咲き始めると、沖縄に冬が来たことを実感します。

051210サトウキビの花1.jpg

一見、「すすき」のようにも見えますが、
「すすき」は垂れ下がり、
「さとうきび」は真っ直ぐ天に向かって伸びています。

051210ススキ.jpg
これは「すすき」です。沖縄にも多いです。

花が咲いた「さとうきび」は、
来春3月に「うーじとーし(キビ刈り)」を迎えます。

051210サトウキビの花2.jpg

昔のさとうきびは、直径が太くて軟らかい品種でした。
子供がおやつ代わりに、かじっていました。

軟らかい品種はネズミにかじられることから、
何度も品種が改良され、今ではカチカチに硬くて細い品種になりました。
歯が丈夫な人でも、かじることは出来ません。

051210サトウキビの花3.jpg

さとうきびの買上価格は、1トン当たりで2万260円です。
1kg当たり20.5円です。

さとうきびを1トン生産するのには、約35坪の農地が必要です。
35坪×3.30579u=115.7u

ヒューザーの販売していた「使い捨て殺人マンション」の
1部屋が「100u」ですから、
だいたいこの広さをイメージして戴けたら分かりやすいでしょうか。

1トン当たり2万260円を35坪で生産しますから、
2万260円÷35坪=1坪当たり585円の生産性しかなく、
これでは生産者は食べてゆけません。

仮に3,000坪の農地でさとうきびを生産しても、
3,000坪×1坪当たり585円=175万5千円
でしかありません。

それでも、さとうきびを生産するのは、
・ 収穫以外は手が掛からず、放任農業で済むため
・ 遊休地にしておくなら、少しでも換金作物を栽培した方が良い
・ 収穫したら、全て買い上げてもらえる
・ 他に収益性が高い農作物が思い浮かばない
・ 昔からやっているから
・ 生産者が高齢化して、手間がかかる農作物はしんどい
などが理由です。

051210サトウキビの花4.jpg

さとうきびの買上価格1トン当たりで2万260円というのは、
政府の補助が入っての価格なのです。

沖縄県庁の農水部では、食えない「さとうきび栽培」を奨励しています。
 「作ったら全量買い上げてもらえるのだから、
  これほど良い農作物は他にない」
という理屈です。
不思議ですよね。

posted by RIU at 18:38| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

ブランド卵の安全性

1パック98円の客寄せ卵があるかと思えば、
1パックで300円以上のブランド卵があります。

実際、どう違うのでしょうかexclamation&question

現在、「特殊卵」と言われるブランド卵は全国で600種類を超え、
安全性を配慮して、栄養成分などを強調するブランド卵に
人気が出ていますが、
公正取引委員会の実態調査でも見られるように、
表示と内容の不一致や、栄養学的に不適切な表示をしている例も多いのです。

安全性や効果などの具体的根拠がはっきりしない卵は、避けるべきでしょう。

公正取引委員会が昨年7月〜11月に、
市販されているブランド卵105点を分析、
消費者アンケートや学識経験者などからのヒアリングを実施しました。

強調表示は
・ 栄養成分
・ 安全・衛生
・ 鶏の飼育環境
の3パターンあり、
消費者アンケートでは、それぞれの項目で80%以上が
良い評価が出されていました。


DHA
調査では、栄養成分の表示で
・ DHA(ドコサヘキサエン酸)入りの飼料
・ アスタキサンチン含有
・ ヨウ素など天然飼料だけ
などがあり、問題は
『栄養成分の効果と共に、それが飼料を通して鶏の卵に移行するかどうか』
です。

DHAは動脈硬化の予防や認知症(痴呆症)の改善などに
効果があると言われています。

鶏にDHAが多いイワシなどの魚粉を与えると、
20〜30%が卵黄に移ることが実験で明らかになっています。

・ DHAを配合飼料に添加したのかexclamation&question
  配合飼料には、抗生物質やワクチンが投与されていますから、
  DHAが添加されていると言っても、それだけで飛びつくのは危険かも。
・ 飼料へのDHAの添加量はどの程度なのかexclamation&question
  添加量自体が少なければ、いくら卵黄に移行すると言っても、
  あまり意味がありませんよね。

人間は、DHA摂取量が1日当たり1000mg程度必要なのですが、
ブランド卵1個当たりでは、せいぜい100〜130mgしか
含まれていないので、卵だけで、
必要なDHA量の全てを摂取できるという表示は
信用しないほうが賢明でしょう。

オレンジ色
アスタキサンチンはイクラや鮭の赤い色素の成分で、
カロチノイドと呼ばれる色素グループ中の1つで、
ベータカロチンの仲間です。

アスタキサンチンは抗酸化力が強く、
眼精疲労や腎機能の改善、運動能力の向上などに効果があることが、
臨床実験で明らかにされています。

ベータカロチンと違って卵にも移行し易く、
オレンジ色の美味しそうな卵になります。

人間は、1日当たり3〜6mg必要ですが、
ブランド卵1個当たりでは、せいぜい1mg程度しか含まれていないので、
卵だけで、は必要量の摂取は望めません。

ワカメや昆布などに多いヨウ素(ヨード)は、
アトピー性皮膚炎などへの効果を示す臨床データがありますが、
アメリカでは岩塩からのヨウ素摂取量が多く、
甲状腺ガンの原因になる、と警告も出されています。

日本では塩の製法が違うので、今のところ特別問題はないかもしれません。

その他、各種ビタミンや鉄分、カルシウム、リン、ミネラル類、
EMなどの表示も多いです。

それぞれ、栄養成分としてそれなりの効果はありますが、
いずれも卵に移行する量は微量で、
卵を食べることで必要量が摂取できるような表示は鵜呑みにはできません。

EMも、水に1滴垂らしただけで、
EM卵を堂々と名乗っている例も沖縄県内でありますから、
鵜呑みにはできません。

完全無菌
安全・衛生では
・ サルモネラワクチン接種済
・ 特定病菌フリーの清浄地卵
などの表示例もあります。

食中毒を起こすサルモネラ菌は、鶏の大腸に住み着いていて、
ワクチンを接種していても完全な無菌状態にすることはできない、
と言われています。

表示は過信せず、新鮮なうちに早く食べ切ってしまうことが肝要でしょう。

鶏の飼育環境の表示では、
・ のびのびと平飼い
・ 山麓の湧き水を与えている
などがあります。

ケージ(かご)飼いせずに平飼いしても、
卵の栄養成分そのものには違いはありません。

「湧き水」というのもよく分かりません。

「イメージを高く買う」というだけでしょう。


結論
卵はコレステロールを下げるなど素晴らしい点が多く、
ヘルスフードの優等生で、大いに食べたいのですが、
ブランド卵は必ずしも値段の高さに見合うものだけではない、
ということを知らなければいけません。
posted by RIU at 23:51| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月08日

ファースト・フードの怪〜その8

8月24日 ファースト・フードの怪〜その1
9月2日  ファースト・フードの怪〜その2
9月3日  ファースト・フードの怪〜その3
9月4日  ファースト・フードの怪〜その4
9月5日  ファースト・フードの怪〜その5
9月6日  ファースト・フードの怪〜その6
9月7日  ファースト・フードの怪〜その7

どこにでもあるファミレス

ファミレスの店舗数は年間50〜100店といった勢いで、
1970年のファミレス登場から現在まで
右肩上がりで増え続けています。

すかいらーくの場合、1970年に第1号店を開店していますが、
第3号店までは、
・ 今後どのような経営方針を取るべきか、
・ 店を出店してゆくべきかどうか、
等を決めるための試行錯誤の状態にありました。

方針が固まった1973年には、一気に5店舗出店しています。

1975年には「店舗数こそ力なり」という方針のもとに、
1981年までに、「首都圏で100店舗の出店」を目標に掲げています。

100店舗という数字は、
すかいらーくが首都圏で浸透するための必要最低限の店舗数として
上げられたものでした。

これは、ランチェスターのシェア理論から出してきた数字ですが、
「ランチェスター」については、また別の機会でお話することにします。

1977年には最大規模のセントラルキッチン東松山工場が完成します。

1978年には、目標より3年早く100店舗出店を達成しました。

この時点で、次に目指したのは全国に300店舗出店することになります。

ファミレスの登場した1970年代は「不景気」の時代でした。

日本経済は1958年(昭和33)から1973年(昭和48)まで、
15年間にわたり平均年率9.5%にのぼる高い成長率を持続しました。

いわゆる“高度成長”と呼ばれている時期です。

1973年10月6日に第4次中東戦争が勃発して
中東産油国に「石油供給の削減」という
世界戦略を行使されてしまいました。

OAPEC(アラブ石油輸出国機構)10カ国は
月5%ずつ石油生産を削減して
・ アメリカなど非友好国には全面禁輸、
・ 日本など中立国には輸出量の削減を通告、
・ さらに原油公示価格の70%引き上げ
を実施して“オイルショック”と呼ばれる非常事態になったわけです。

1974年1月にかけて原油価格は4倍高となって、
原油の99%を輸入に頼る日本経済にとって大きな打撃になったのです。

現実に1974年の経済成長率はマイナス0.8%となり、
戦後初めてのマイナス成長に陥りました。


象徴的な1973年は、
・ 交通安全標語「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」
・ 韓国前大統領候補拉致、「金大中事件」発生
・ 物価高騰「狂乱物価」、物価指数は前年比17.4%増のインフレ
・ 熊本の太陽デパート火災で、死者101人負傷者112人
・ 浅間山、桜島が大爆発
・ 全国で「ツチノコ騒動」、幻のヘビ探しで賞金や便乗商法も
・ 山口百恵が「としごろ」でデビュー
・ 読売巨人軍がV9達成
・ 八代英太、畠山みどりショー司会中にセリ穴に落下、下半身不随に
・ アース製薬から「ごきぶりホイホイ」登場
・ 五木ひろしの「夜空」が日本レコード大賞に
・ 桜田淳子の「わたしの青い鳥」が最優秀新人賞に
・ 阿久悠の「ジョニーへの伝言」が作詞賞に
・ その他、ガロの「学生街の喫茶店」、
・ ちあきなおみの「喝采」、
・ 天地真理の「恋する夏の日」、
・ 浅田美代子の「赤い風船」、
・ チェリッシュの「てんとうむしのサンバ」、
・ アグネス・チャンの「草原の輝き」、
・ 麻岡めぐみの「わたしの彼は左きき」、
・ 森昌子の「中学三年生」などがヒットしました
・ NHK大河ドラマでは「国盗り物語」
・ 小松左京の「日本沈没」が350万部という空前のベストセラーに
こういうオイルショックの影響で不景気の年でした。

そういう状況下で、
ファミレスを柱とした外食企業は店舗数増加に励み、急成長して、
マスコミやビジネス界から注目されました。

「外食産業」という言葉は、当時のマスコミによって造語されたものです。

300店、500店、1000店と店舗数が増加することによって、
ファミレスは全国的に、身近なものになりました。

ファミレス上位20社だけで店舗数は6000を超えていますから、
今や国民2万人に1店舗はファミレスがあることになります。
posted by RIU at 09:45| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月07日

ファースト・フードの怪〜その7

いつでも、どんな場面でも利用可能なファミレス

ファミレスは、商品開発能力の向上や客のニーズへの対応で、
様々なスタイルや、業種(商品の種類で分けた区分)の店舗を
登場させました。

すかいらーくでは、
・ 1983年にファミレスの和風バージョンの「藍屋」、
・ 1986年には中華バージョンの「バーミヤン」、
・ 1989年にはカジュアルフランス料理の「FLO」、
・ 1994年にはイタリアンファミリーレストランの
「スカイラークガーデンズ」、
を開店させています。

同時に、価格ランクや様式、サービスに応じた区分などの
多様化にも着手しました。

もともと、ファミレスは子供から老人まで、
誰でも気軽に入りやすいように計算して作られていましたが、
それは逆に、改まった席では使いにくい要因になっていました。

そのために、様々なTPOに合わせるために、
いろいろな業態のファミレスを出店させるように至ったわけです。

スカイラークでは、
・ 1982年に大人が楽しめるカジュアルファミリーレストランの
「イエスタディ」、
・ 1993年には低価格ファミリーレストランの「ガスト」、
・ 1995年には、高級ディナーレストランの
「スカイラークグリル」
を開店させています。

ファミレス企業各社は、様々な業種・業態の店舗を出店して
複合型外食企業に変貌してゆきました。

また、商社や食品メーカーなど、
様々な企業がファミレス業界に参入してきました。

1979年には、主要なファミレス企業は70社を超え、
一部撤退などはありますが、現在も企業数はさらに増えています。


現在の主なファミレスでは、
御三家
・ すかいらーく
・ ロイヤルホスト
・ デニーズ

洋食系ファミレス
・ カーサ
・ ココス
・ ジョナサン等

和食系ファミレス
・ 藍屋
・ 杵屋
・ さと
・ 京樽
 (1997年に会社更生法を申請し、
  吉野家と加ト吉の支援で2002年に同法終結、
  2005年9月18日にジャスダックに再上場予定)

中華系ファミレス
・ バーミヤン
・ リンガーハット等

急成長ファミレス
・ サイゼリア
・ びっくりドンキー
・ サンマルク等
などがあります。

多様なスタイルのファミレスが出来たことで、
TPOに応じて、どんな時でも気軽にファミレスが使えるようになり、
現在に至っています。
posted by RIU at 15:37| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月06日

ファースト・フードの怪〜その6

ファミレス開店当初のメニューは洋風商品だけでした。

当時としては、まだ洋風料理は珍しく、トレンドであり、
また和風料理と比較して作りやすいという理由があったからです。

当時のすかいらーく1号店(東京・国立)のメニューでは、
肉料理がメインで、品数は洋風商品約70種類でした。

・ ハンバーグステーキ・マッシュルームソース 380円
・ ピザパイ各種 各400円
・ 子牛ステーキ鉄板焼・サラダ添え 580円
・ 子牛クリーム煮・サラダ添え 480円

いくらトレンドだといっても、品数も限られ、
美味しくないのでは飽きられてしまうし、
ファミレス発展のためには、効率よく商品を調理・加工し
売上をUPさせなければなりません。

商品の質的向上や加工の効率化のための研究開発は、
以降、ファミレスの重要課題になりました。

本当なら「いかに安い食材を」というコスト優先より、
『いかに安全な食材を』として考えてほしかったですけどね。

すかいらーくでは、客のニーズに合わせて様々な商品開発の結果、
第1号店OPENNから9年後の1979年には91種類、
1981年には131種類まで増えています。

しかし、この時点ではまだ洋風商品だけでした。

・ デラックスハンバーグ 680円
・ ハンバーグステーキ 530円
・ ミックスピザ 550円
・ ランプステーキ 980円

1980年代に入ると、
競合他社との差別化戦略で和風商品が登場してきます。

・ 和風料理の“ご馳走化”
  一般家庭に洋風料理が定着し、
逆に和風料理の作られる機会が減少したこと
・和風のニーズの増加
 年配者はファミレスメニューで食べるものがなく、
和風メニューが求められていた
・ 商品開発の技術力の向上


すかいらーくでは、和風商品は
1984年にカキフライ定食(味噌汁付き)を出したのが最初です。

1982年から、すかいらーくでは
様々な商品を期間限定メニューとして売り出す戦略を始めました。

好評な商品は、通常メニューの改訂時に、
随時新メニューとして加えられて行きます。

1985年には「和定食フェア」を行い、
その好評を確認して、1986年に本格和風スタイルの商品を
登場させました。

それ以降も、ファミレスは和風以外にも、
その時々のニーズや流行に合わせて、
中華風やエスニック風を開発しました。

また、女性・子供をターゲットとしてデザートの開発も行われました。

ファミレスにとって、デザートは“売り”の1つでもあります。

1990年のティラミスやナタデココなどのデザートブームは、
ファミレスが仕掛けたものです。

ファミレスは商品開発とターゲット選定、マーケティング戦略を駆使して、
時流に乗り、今ではファミレスに行けば、老若男女誰でも
嗜好に合いそうな商品が提供され、日々進化を遂げています。

現在ファミレス業界だけでなく、どこの会社でも、単に売上高だけでなく、
・ 売上高対粗利益率
・ 売上高対経常利益率
・ 従業員一人あたり年間売上高
・ 従業員一人あたり月平均人件費
・ 販売管理費比率
・ 売上高対広告宣伝費比率
など、社内をより効率化にするべく、経営数値に厳しくなっています。

そういう厳しい目を、ぜひ食材の“安全性”に向けて欲しいものです。

現在は、残念ながら
「安価が絶対条件の食材」を、
最高の加工技術で
「美味しく、見てくれもよく」、
化かしているようにしか見えないのです。
posted by RIU at 12:10| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月05日

ファースト・フードの怪〜その5

ファミレスの戦略

1970年(昭和45年)は、外食産業元年と言われています。
1969年(昭和44年)に日本への外貨資本の参入が自由化され、
アメリカから
・ マクドナルド
・ ケンタッキーフライドチキン
といった外食企業が日本に上陸しました。

現在のファミレス大手やファーストフードの1号店が開店したのが
1970年なのです。

・ 大阪万博に「ロイヤル」、「ケンタッキーフライドチキン」、
  「京樽」が出店
・ すかいらーく(東京)1号店開店
・ ロイヤルホスト(福岡)1号店開店
・ フォルクス(大阪)1号店開店
・ ドムドム(日本発ハンバーガー店)1号店開店
・ ケンタッキーフライドチキン1号店開店
・ ウインビー1号店開店

ちなみに、
・ マクドナルド1号店開店−1971年(昭和46年)
  東京・銀座4丁目三越1階に出店し、1日に100万円を売上げ、
  衝撃的デビューを果たしました
・ ミスタードーナツ1号店開店−1971年(昭和46年)
・ モスバーガー1号店開店−1972年(昭和47年)
・ ロッテリア1号店開店−1972年(昭和47年)
・ 吉野家フランチャイズ1号店開店−1973年(昭和48年)
・ シェーキーズ1号店開店−1973年(昭和48年)
・ セブンイレブン1号店開店−1973年(昭和48年)
・ デニーズ1号店(横浜)開店−1974年(昭和49年)
・ ローソン1号店開店−1976年(昭和51年)
・ ほっかほっか亭1号店開店−1976年(昭和51年)
・ CASA1号店(東京)開店−1978年(昭和53年)
・ ビッグボーイ1号店開店−1978年(昭和53年)
・ ジョイフル1号店(大分)開店−1979年(昭和54年)
・ ジョナサン1号店(東京)開店−1980年(昭和55年)
・ ビクトリアステーション1号店(東京)開店−1980年(昭和55年)
・ ココス1号店(茨城)開店−1980年(昭和55年)
・ ドトールコーヒー1号店開店−1980年(昭和55年)
・ ウェンディーズ1号店開店−1980年(昭和55年)
・ 1980年(昭和55年)に「早くて・安くて・マズい」吉野家が倒産もうやだ〜(悲しい顔)
  吉野家の設立は古く、なんと1958年(昭和33年)でした。
  最初はどんな店だったのでしょうかexclamation&question
・ イエスタディ1号店(東京)開店−1980年(昭和55年)
などと、1970年を契機に外食産業の怒涛の参入ラッシュになっています。


1970年(昭和45年)は、どういう年だったかというと、
・ 日本万国博覧会が大阪で開催
・ 三島由紀夫が東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で割腹自殺
・ 赤軍派が日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮へ亡命
・ 銀座の歩行者天国が全国の都市に広がる
・ 第1回全日本女子プロ・ボウリング選手権で中山律子が優勝
・ プロボクシングで大場政夫が世界フライ級チャンピオンに、
・ プロボクシングで柴田国明が世界フェザー級チャンピオンになる
・ ザ・ビートルズが解散
・ ライオンから「ホワイト&ホワイト」の
  “ラミネートチューブ入り”が初登場
・ ヒット曲では、ドリフターズの「ドリフのズンドコ節」、
・ 皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」
・ 由紀さおりの「手紙」
・ ソルティシュガーの「走れコウタロー」
・ 渥美清の「男はつらいよ」
・ 菅原洋一の「今日でお別れ」が日本レコード大賞に
・ 本では、塩月弥栄子の「冠婚葬祭入門」、
・ 曽野綾子の「誰のために愛するか」、
・ 石原慎太郎の「スパルタ教育」
・ 山本周五郎の「樅(もみ)の木は残った」などがベストセラーに
以上のような年でした。

大阪の万博には、多くの飲食店が出店したのですが、
ほとんどの店は多くの来場者の対応に苦慮して
長蛇の列になっていました。

その中で、ロイヤル株式会社(ロイヤルホストの親会社)の
運営した4店舗は、セントラルキッチン方式で乗り切り、
約10億円を売り上げて、一躍名を挙げました。

ファミレスは、下記の「3つの戦略」を打ちたて、
メキメキと台頭することになります。
・ 商品開発
・ スタイルの多様化
・ 店舗数増加

「思いつき」や「感」、ユタによる「お告げ」ではなく、
『戦略』は大事ですね。
posted by RIU at 10:39| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(2) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月04日

ファースト・フードの怪〜その4

ファミリーレストラン発展のためのアイテム

下記の戦略アイテムにより、
ファミレスは全国どこでも同じ商品、同じ味、同じサービスを
提供することが出来るようになりました。


1.マニュアル
マニュアルには、経営ノウハウの蓄積を生かして、
・ 客への対応
・ 商品の加工の仕方
・ 苦情処理の対応
・ 新規店舗開発のための土地取得の方法
など、あらゆる方法・知識が網羅されています。

マニュアルによって、全店舗で同じサービスが
提供できるようになりました。

近年、
「応用がきかない」、
「心がこもっていない」
という弊害も問題視されるようになっています。


2.セントラルキッチン
ファミレス各店舗では、ほとんど調理が行われていません。

セントラルキッチンという工場で一括して
加工、または半加工状態までにした商品を、
店舗で加熱・盛り付けなどの最終加工をして
客に出すだけなのです。

この方法により、
ファミレスでは全店舗で同じ味の商品を提供できるようになりました。

しかも“チン”するだけなので、
料理未経験のアルバイトでも商品を作ることが可能なのです。

また、加工時間の大幅短縮・作業軽減にもつながりました。

だから、沖縄店と北海道店でも、全く同じメニューで同じ味なんですね。

沖縄県に進出している全国チェーンのファミレス
・ ガスト8店舗 (スカイラーク・グループ)
・ バーミヤン3店舗(スカイラーク・グループ)
・ ジョイフル4店舗
・ びっくりドンキー2店舗
・ トマト&オニオン1店舗

セントラルキッチンを持たないファミレスは、
ほとんどが食品メーカーなどに
加工した商品や素材を発注することで、代用しているのです。


3.大量一括購入
店舗数が多いため、
商品の材料を始め、制服や店舗内の備品などは、
本部が一括に購入します。

大量に購入することで価格も抑えられ、
その結果、商品の価格にも反映させることができるのです。

商品材料などは、特定の農家や業者と提携を結ぶことによって、
希望通りの質・味の材料を安定的に入手できるようになっています。


4.POSシステム(Point Of Sales system、販売時点管理)
テーブル席で注文を入力するハンディターミナルや
支払い時のPOSレジスターなどからなる
POSシステムをはじめとした情報機器の発達により、
それまで経営者の能力や感に頼っていた管理運営が簡単に、
しかも正確に行われるようになりました。

POSシステムとは、
商品の販売・支払いが行われるその場(point of sales)で、
その販売データ(品名、数量、販売時刻など)を収集することで、
販売動向を把握する仕組みのことを言います。

これにより、緻密な在庫・受発注管理ができるようになるほか、
複数の店舗の販売動向を比較したり、
天候と売り上げを重ね合わせて傾向をつかむなど、
他のデータと連携した分析・活用が容易になるというメリットがあります。

このため、特にフランチャイズチェーンなどで
マーケティング材料を収集するシステムとして
広く使われるようになりました。

現在はPOSシステムと経理システムなどを連携させ、
クレジット決済や税額の自動算出なども一元的に管理するなど
機能を拡張したシステムが主流になっています。

また、
・ 注文の間違いを少なくしたり、
・ 厨房での作業時間が短縮できたり、
・ 支払い清算時間の短縮化
など、サービスアップにもつながりました。


5.チェーンシステム
同質の多数店舗を束ねて、同時に運営するシステムで、
店舗とそれらの経営を管理運営する本部に分けて、
機能を分担することで、経営の効率化を図るものです。

このシステムには、
・「直営店方式」と
・「フランチャイズ・チェーン方式」
の2種類があります。

直営店は、本部が直接管理運営する店舗であり、
フランチャイズ・チェーン店は、
ファミレス企業と別の経営体が契約を結んで運営している店舗になります。

本部にロイヤリティ(特約料)を支払うことによって、
戦略マーケティング・調度品から経営ノウハウに至るまで
ファミレスを運営するためのあらゆるものを利用でき、
また教えてもらうことができるようになっています。

ただし、
・ 本部以外から仕入れることができない
  他から仕入れた方が安いことが多い
・ 新規出店の目安となる売上・収益予測が大幅に違っていても
  契約破棄ごころか、高額な違約金を請求される
・ ロイヤリティは、粗利益からではなく、
  売上に対する割合なので、店舗での収益が上がりにくい
・ 店舗では、売上を確保するために、
  家族総出で、休みなく、長時間の労働が強いられるケースが多い
・ とにかく、本部だけが儲かるシステムになっている
など、問題も多々あるようです。
posted by RIU at 08:31| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月03日

ファースト・フードの怪〜その3

「外食」の産業化

当たり前のことですが、外食産業の「外食」定義とは、
家庭の食卓ではなく、外で食べること、
または提供されたものを食べる食事のことを指しています。

ついでに、「外食産業」の定義とは、
食事を消費者に提供する飲食事業のことを指しています。

この場合の「食事」には、商品である料理だけではなく、
食事環境や雰囲気、接客などのサービスも含まれます。

これだけでは、一般の飲食店と何ら変わりがないですよね。


外食が「産業」と呼ばれるのは、
「工場で商品を作る」という、
製造業的な側面があることに由来しています。

そのため、外食産業の1つであるファミレスで出される料理には、
調理人が心を込めて作った「料理」というよりは、
冷凍モノで、“チン”して、皿に盛り付けだけして出してくる、
愛情の通わない「商品」というイメージが付きまとっています。

普通の飲食店が調理場で料理を作って提供するのに対し、
ファミレスでは、「商品を仕入れて売る」という、
小売店のような印象を与えてしまうのです。

消費者も、「〜らしい」料理、「〜っぽい」料理であれば、
「特別美味しくはないけど、まぁまぁならいいや」
と、妙に納得しているのも、このためです。


こういう特徴を持った外食産業には、ファミレスの他に、
・ KFCやマック等のファーストフード
・ 回転寿司
・ 宅配ピザなどの宅配業
・ 持ち帰り弁当や惣菜などの中食業
・ おにぎりや弁当を扱うコンビニ
など、多様化しています。

「中食」とは、家庭の外部で調理された調理済みの食品のことを言います。


外食産業が誕生するきっかけになったのは、
1948年にアメリカのマクドナルドが、
経営の効率化を図るために創り上げた “システム”にありました。

マクドナルドは、
「調理工程を細分化、再構成して、分業体制を構築し、
 従業員に比較的単純な反復作業を修練させ、
 それらの統合で調理が全て終了する」
という、それまでの常識をくつがえす画期的なシステムでした。

ハンバーグを焼くグリルマン、シェークを作るシェークマン、
フライドポテトを作るフライマン、
ハンバーガーを盛り付けするドレッサー、
客との応対をするカウンターマンというように、
店内で行われる仕事を分業し、
工場の組み立てラインのようにすることで、
生産効率を飛躍的に高めることが出来ました。


このような分業体制を採用することで、
マクドナルドを始めとする外食は、
巨大な「産業」まで登り詰めたわけです。

分業体制という社内の体制と食材の「安全性」とは、
また話が違いますので、安全性については後日検証するつもりです。

多くの消費者は、こういった外食産業が扱う食材が、
「TVでCMを出す大会社だから大丈夫だろう」
と、
「外見と味」
にだまされ、妙に安心してしまっているところが、問題なんですよね。
posted by RIU at 08:10| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月02日

ファースト・フードの怪〜その2

マクドナルドは「ネコの肉」なのか「ネズミの肉」なのか、
という話に入る前に、
「ファースト・フード」を広義で捉えて、
まず「コールド・チェーン(7月6日エビから考えること・参照)」と
密接な関係にある『ファーミリー・レストラン』について
考えてみたいと思います。
(参考:8月24日ファースト・フードの怪〜その1

ファーミリー・レストランのシステム
1974年(昭和49年)は、
・ 死者8人、重軽傷者376人を出した「三菱重工爆破事件」
・ 小野田寛郎・元日本陸軍少尉がフィリピン・ルバング島から帰還
・ 「紅茶キノコ」ブーム
・ 「幸福駅行き切符」ブーム
・ 「あなた・小坂明子」「ふれあい・中村雅俊」
  「結婚するって本当ですか・ダカーポ」などの音楽が流行し、
・ 人気TV番組では「われら青春・中村雅俊主演」
  「パンチでデート・桂三枝/西川きよし司会」などの視聴率が高く、
・ 「かもめのジョナサン」「ノストラダムスの大予言」が
  ベストセラーになり、もちろん読売巨人軍も紳士でムチャクチャ強い、
そういう年でしたが、ファミレス業界では、
「(株)ことぶき食品」が「(株)すかいらーく」に商号変更をしました。

「ファーミリー・レストラン」という呼び名は、
すかいらーくの宣伝文句
ファミリーも安心してご利用いただけるレストラン
から出てきた造語なんです。

ファミレスの外見的特徴
・ ロードサイド立地であること
・ 少なくとも30台以上の駐車場を完備していること
・ 建坪で100坪以上の大型平屋、または2階建ての
  原則独立店舗であること
・ 100席以上の大規模席数があること
・ メニューには、スープ・メインディッシュ・軽食・サラダ・
  デザート・ドリンクまで一通りあること
・ ウェイトレスが注文を取って、出来上がった料理を客席まで運ぶ、
  といったフルサービスが受けられること
・ 営業時間は朝から深夜帯まで1日十数時間、
  あるいは24時間営業をしていること

などが外見的な特徴で、
実際にこれらの条件で「ファミレス」を名乗る店舗は多いのですが、
フランチャイズ・チェーン店のファミレスが
アメリカ式の「近代的な外食産業経営システム」を取り入れたことで、
ファミレス業界の発展が加速度的に向上したのです。
posted by RIU at 13:45| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月11日

アグリビジネスによる弊害

種子を制する者が世界を制する

「F‐1」と言うと、自動車レースを連想しますよね。

農業においての「F‐1」は、実は深刻な問題になります。

袖大化学企業モンサント社、デュポン社などは、
バイオテクノロジー遺伝子組換えによって
「二代目からは発芽しない種子」を開発してしまいました。

現在のほとんどの野菜の種子や苗は、「F‐1」なのです。

この「F‐1」による種子や苗を使用すれば、
次の年は発芽しないのですから、種子の自家採取は完全に不可能になり、
種子企業から買い続ける以外に道がなくなるわけです。

「知的所有権」という特許の名のもとに、
「種子の独占支配」が加速しているのです。


日本は、1950年代までは、有機農業、自給自足が中心で、
野菜の種子に関しても、自家採取が一股的でした。

1960年代の高度成長時代に入ると、急速な工業化が進み、
大都市への農村からの急速な人工集中に伴う人口の逆転現象は、
膨犬な都市住民の食料を、減少する農民が供給することを強要されました。

国家によって農業の近代化がうたわれたわけです。

農機具、農薬、化学肥科などのメー力―が農村に入り込み、
農協もそれと競合しました。

農産物の増産→大量流通→大量消費
に符合した「工業化農業」と共に、
種子のF1化・ハイブリッド種が農家によっても採用されて行きました。

美味しい、見栄えがよい、加工しやすい、輸送に便利、
収穫が上がる、作りやすい作物をつくるための種子が
求められるようになりました。

在来種に比べて、農薬、化学肥料、水の吸収率がよく、
従って大量生産に向いているF1種の全盛時代が訪れました。


F1種は、2代目には種の特性によって、不ぞろいな作物が出来るため、
商品作物としては適切ではありません。

従って、商品作物を作ろうとすれば、
農民は毎年種苗会社から種子を買わなければならない事態になりました。

企業による“種子独占”ですね。

大量流通−大量消貫システム
に対応した大量生産システムは、農産物の単作化も促進しました。

一面のキャベツ畑、大根畑、かぼちゃ畑が登場しました。

多品種少量生産、有畜複合、自家採取は完全に後方に追いやられた格好です。


例えば、遺伝子組換え種子であるモンサントの
ラウンドアップレディー大豆と、除草尊ラウンドアップのセット採用を、
農民が契約すると、その契約には
・ 特許料の支払い
・ 種子の自家採取の禁止
・ 3年間モンサント社による畑の卒視
等が含まれます。

従って、モンサント社の遺伝子組み換え種子とラウンドアップ除草尊を
毎年買い続けなければならなくなります。

いわゆる「バイオ農奴制」といわれるシステムです。

さらに、モンサント社は遺伝子組換えの複難な過程を経て、
二代目には種が自ら作る毒によって自殺し、
発芽しない種子を開発してしまいました。

「ターミネイター・テクノロジー」です。

このターミネイター種子を農民が利用し続けるなら、
自家採取は完全に不可能になり、
賊続的にこの種子をモンサントから買い続けなければなりません。


全国の有機生産者間では、
農民による種子の自家採取、種苗交換、在来種・原種交換という
小さな運動が、起こり始めています。

各地の“在来種・原種”作物は、その地域の風土に適し、
繁殖力も強く、病害虫にも強いことから、
種子採取、種子保管、種子交換、情報提供をすることによって、
在来種の伝承を補い、
巨大企業の種子支配に対抗しなければならない時代に入りました。
posted by RIU at 14:06| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

伝統野菜がブームに

「地産地消」という言葉がよく聞かれますが、
これは「地元生産−地元消費」を略した言葉で、
「地元で生産されたものを地元で消費する」という意味です。

「地産地消」は、
消費者の“食”に対する“安全・安心”志向の高まりを背景に、
消費者と生産者の相互理解を深める取組みとして期待されています。

イタリア発の「スローフード」や、
韓国での「身土不二」は、
同じような意味で使われています。

「スローフード」は、
世界の食生活をほとんど支配したファストフードに対抗するように
イタリアで生まれた運動です。

・ 食べる喜びを権利として求めること
・ 味の画一化や食物の同質化に対抗し伝統を守ること
・ 動植物の多くの種を救うこと
・ 味覚教育を行うこと
がスローフードの活動です。

単に「健康」だけでなく、「環境保護」にもつながる活動だと思います。

「身土不二」(しんどふじ)という言葉も最近よく聞かれるようになりました。
「身体と土とは一つであるとし、
身近なところ(三里四方、四里四方)で育ったものを食べ、
生活するのが良いとする考え方」
です。

「身土不二」が文献として最初に登場するのは、
中国の仏教書「廬山蓮宗寶鑑」(ろざんれんしゅうほうかん、1305年)で
仏教界では、「しんどふに」と読みます。


日本各地にはその風土に根付いた独自の食文化があります。

その食文化の根底にあるのは、
地元で受け継がれている伝統野菜や数々の食材です。

下仁田ネギ、聖護院大根、賀茂ナス、河内赤カブなど、
すぐに形・姿・旬期が思い浮かぶでしょうか。

大量生産にはおよそ向かない、機械生産に合わない各地の伝統野菜が、
ジワジワと人気を呼ぶようになっています。

「野菜をいかに安く生産するか」を考えるより、
たとえ少品種でも、その地域ならではの野菜を売り出して、
その価値や珍しさが理解してもらえれば、生産者も楽しいはずです。

消費者も、“安全・安心”だけではなく、
食材としての「楽しさ」も広がるのではないでしょうか。

これからは、農家も、「こだわり」と「アイデア」の時代です。

一流デパートや、こだわりレストランでも、賀茂ナス・金時ニンジン・鹿ヶ谷かぼちゃ、壬生菜などの「京野菜」の取り扱いも増えているようです。


もともと、野に自生する葉っぱ類が「野菜」の出発点であり、
古くは自生する野草の中から、
経験上、食用となるものを選んで食べていたはずです。

セリ・フキ・ミツバ・ウド・ゼンマイなどは、
人間が食用と気づくずっと以前から自生していたので、
「日本原産」となっています。

対して、ネギ・大根・カブ・キュウリ・エンドウ・ゴマ・からし菜などは
中国原産、あるいはインド、その他の原産で、
中国・朝鮮経由で日本に伝えられています。

中国伝来の栽培野菜は、宮廷や一部の特権階級だけに許され、
一般人は自生する山野菜を食べていた時代もありました。

壬生菜、京菜、聖護院大根、九条ネギなど、
京都周辺で品種改良された野菜も多く、
京野菜のブランド化の認知度合いも浸透しつつあります。

京野菜に対抗し、全国各地で、地方特産の野菜品種を見直す動きも出てきました。

「在来種」の復活ですね。
農薬を使わない安全な栽培なら、大賛成ですexclamation

posted by RIU at 23:10| 沖縄 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月06日

「エビ」から考えること!

現在、日本食の食材の多くも、ご存知のように輸入に依存しています。
「ウナギ」、焼き鳥に使われる「鶏肉」、天ぷらの食材である「エビ」などは、その典型ですね。

ウナギ・エビは9割が、鶏肉は25%が輸入品です

例えば、「天ぷらそば」では、
・ 大豆(揚げ油) 国産比率 3% アメリカ産77%、ブラジル産11%、パラグアイ産6%
・ そば      国産比率18% 中国産71%、カナダ産8%、アメリカ産6%
・ エビ      国産比率 7% インドネシア産22%、インド産21%、タイ産13%
・ 小麦      国産比率 9% アメリカ産48%、カナダ産25%、オーストラリア産19%
など、形は日本食でも、その中身は外国産が主流を占めるようになってしまいました。もうやだ〜(悲しい顔)

サンフランシスコの寿司屋さんで、
アメリカ人板前が「へぃ、お待ち!」ってにぎりを出されて、
違和感があるのと似てますね。

昔、高級食材だった“エビ”は、近ごろ随分と手に入りやすい、お手ごろ価格になりました。

日本人は、国民一人当たりでは年間3kgで世界第1位、
エビフライにすると約70尾食べている
計算になります。
 
 [国内輸入食品]
 1位  エビ     (3,645億円)
 2位  牛肉     (3,060億円)
 3位  豚肉     (2,870億円)
 4位  トウモロコシ (2,770億円)
 
[エビ輸入量の多い国]
1位  日本   (約29万トン)
2位  アメリカ (23万トン)
3位  スペイン (8.3万トン)
4位  フランス (5.8万トン)
5位  デンマーク(5.3万トン)
世界の約25%が日本exclamation

[エビの輸入先国別]
1位  インドネシア(輸入全体の22.9%)
2位  インド        (18.9%)
3位  タイ         (10.8%)
4位  ヴェトナム      ( 7.4%)
5位  オーストラリア    ( 7.0%)

エビの養殖による環境破壊の構図
1.ブラックタイガーの養殖の最適地は、海水と淡水が混じり合う「汽水域」。
2.「米」より「エビ」の方が収益性が高いので、
   田んぼを止め、「池」でエビ養殖を始めることに拍車がかかる。
3.海に近い場所では、マングローブ林の伐採と環境破壊がある。
4.エビの養殖は、早期成長促進のため、
   脂肪分や栄養剤をふくむ飼料や、薬を大量投入される。
5.そのため水と土地が汚染され、底にヘドロ状の土が堆積する。
6.「造成池」は長くて5年しか使えず、土地は「死んでしまう」。
7.今までエビ養殖をしていた漁民は置き去りになる。
8.商社は、また別の新しい「池」造成をして、新たな現地人にエビ養殖を委託する
9.エビ養殖汚染の地域移動は、
   「台湾」から「タイ」、そして現在は「インドネシア」となっている
10.一国の環境を荒らして、また次へという無責任な「開発輸入」が
   飽食・日本人の“エビ大好き人間”を支えている。

エビ養殖に至る背景
1961年に、日本が初めて「水産物輸入自由化」をした当時は、
・ トロール漁法で行っていたが、
  この漁法は海底資源を根こそぎさらうために、
  資源枯渇の可能性が問題とされた。
・ エビと一緒に獲られた魚は海上投棄されたため、
  資源のムダ使いと共に、海洋汚染の問題が浮上した。

1970年代からは、
・ 日本で開発された「エビ養殖技術」を輸出し、
  低コストのエビを生産させる“開発輸入”の方法をとった。
・ 商社が中心になり、稚エビが育つ「汽水域」(海水と淡水が混じり合う)に
  大規模な「エビ池」を造成し、エビの大量生産を始めた。
・ これにより、台湾からタイ、中国、インドネシアへと、
  「エビ養殖」は急速に広がった。
・ その結果、エビ価格は“劇的に”値下がりをしたが、
  汽水域に生息するマングローブ林は、大規模に伐採され、
  地球の生態系に大きな影響を与えることが懸念されてきた。
  ( 伐採されたマングローブは「環境に優しい」?アウトドア用の木炭に姿を変え、
    日本に輸入され、ホームセンターで売られている )がく〜(落胆した顔)

かつては高級食材だったエビは、驚くほど安くなりましたが、
これは東南アジアで環境破壊をしながら確保されたエビが
大量に輸入されていることに起因しているわけです。

「コールド・チェーン」とオゾン層の破壊
大量に確保したエビなどを、
冷凍・冷蔵・低温」の状態で、鮮度を保ちながら、
一般家庭の冷蔵庫まで運ぶ、輸送・保管の一貫した体系

「コールド・チェーン」と呼び、聞かれたことがあると思います。

エビや鶏肉は、東南アジアや中国から、
生産地―冷凍船―冷凍車―冷凍倉庫―販売店の冷蔵庫―家庭の冷蔵庫
という、一連の冷凍装置の連鎖によって、食卓に至っています。

このシステムを支えていたのは、冷媒として用いられていた大量の「フロン・ガス」です。

このフロンという物質が、オゾン層破壊の原因であることは、ご存知の通りです。

オゾン層が破壊されて出来たオゾン・ホールにより、
高緯度地域では皮膚ガンが増加しましたよね。

1987年のモントリオール議定書でフロン製造が禁止され、
代替フロンに切り替えられましたが、
代替フロンは、温暖化ガスとして有名な
二酸化炭素の3,300倍もの温暖化能力を持っている
ことで、
地球温暖化防止京都会議(京都議定書)で排出削減の対象となり、
現在法的規制はなく、あらゆるところで使用されていることが社会問題化していますよね。

地球温暖化が進むと…
・ 海面上昇(水没、高潮、飲み水への影響など)
・ 集中豪雨や干ばつなどの異常気象
・ マラリアなどの伝染病の増加
・ 気候帯の移動(温度変化についていけない動植物の絶滅、農作物の収穫量の激減など)
海抜の低いトンガ、西サモア、モルディブ等の島国の人々にとっては死活問題なのです。
沖縄もexclamation&question

エビ養殖の拡大や冷蔵庫の背後に、
地球規模で広がる「コールド・チェーン」から、地球の環境問題が見えてきます。

「コールド・チェーン」は、
大量生産・大量輸送・長期保存』という
「大企業の論理」そのままで、
だからこそ畜産飼料に抗生物質を投入したり、
ポストハーベスト(収穫後の農薬散布)が問題化されたり、
それらは大企業の“陰謀”なのです。

現在、日本では、交通事故で1年間に亡くなる方は約1万人ですが、
食品の有害添加物に起因して亡くなる方は、年間2万人もいるのが現実なのです。

スーパーの惣菜は、店頭の賞味期限切れパックと輸入食材の加工が中心ですし、
例えば、JUSCOのトップ・バリュー(自社ブランド)は、
食材に関しては、ほとんどが中国製なのです。
長生きしたければ、よく吟味することが必要ですよ。

私は、あくまでも完全無農薬で、
とことん「安全」にこだわった生産をして、
それを理解して戴ける消費者に直接お届けする
「ダイレクト・マーケティング」農業を実践してゆきたいと考えています。

posted by RIU at 11:39| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(3) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月28日

沖縄の「甘藷(サツマイモ)」伝来物語

050628甘藷伝来幕.jpg

中国から沖縄に「サツマイモ」が伝来されて、今年で400周年になります。

今では世界中で栽培されている「トウモロコシ」や「サツマイモ」などは、
もともとは、アメリカ大陸から旧大陸にもたらされた農作物なのです。

特に、新大陸からもたらされた農作物の中で、
東アジア世界に大きな影響を及ぼしたのが「サツマイモ」です。

「サツマイモ」こそが、東アジアの代表的な“救荒作物”となり、
明朝末期から清朝初期にかけての人口爆発を可能にしたのです。


太平洋を渡ってやってきた「サツマイモ」
・ 「サツマイモ」はメキシコ高地が原産地の農作物です。

・ ご存知のように、根が肥大した部分を食用にするのですが、
  主要な農作物の中で、単位面積当たりのカロリー供給量が最も多く、
  人口扶養能力が高い作物なのです。

・ 「大航海時代」後に、「サツマイモ」は、
  メキシコのアカプルコ港から、太平洋を横断して、
  ルソン島のマニラに至る、ガレオン船貿易に携わるスペイン人の手で、
  アジアに伝えられました。

・ 彼らは、安価なペルーの銀で、
  絹織物、陶磁器、日用品、香辛料などの中国商品を大量に買い付け、
  太平洋〜大西洋を中継してヨーロッパに送っていました。

・ 「サツマイモ」は、航海用の保存食糧として買い入れられ、
  ルソン島にもたらされました。

台湾国境を越え、中国に広まった「サツマイモ」
・ 明代(14世紀半ば〜17世紀半ば)は、
  徳川幕府の鎖国と同じように、民間の海洋貿易が禁止されていて、
  中国で「銀」が渇望された時代でした。

・ 新大陸の安い「銀」を得るために、
  福建から多くの船が、民間貿易を禁止する国の掟を犯して、
  絹・陶磁器などの商品を積んで、マニラにおもむきました。

・ こうした交易ネットワークを経由して、
  16世紀中頃「サツマイモ」は福建へともたらされました。

・ 中国で「サツマイモ」は、「甘薯」、「「紅薯」と命名され、
  凶作の際に、「救荒作物の第一」として、福建農民に普及しました。

・ 穀物栽培に適さない痩せた土壌でも栽培可能であることが知れ渡ると、
  「サツマイモ」は有名になり、
  清の乾隆年間(1735〜1795年)には、
  沿海地域や黄河流域の荒地で広く栽培されるようになりました。

・ 清代は、漢代以降、5000万人〜1億人くらいの人口で停滞していましたが、
  一挙に4億人となる人口激増になりましたが、
  「サツマイモ」が果たした役割は大きかったのです。

琉球王国を経て日本列島に伝わる
・ 民間承認の貿易を禁止した明では、
  多くの明人を琉球に移住させ、
  中国の港で自由に貿易を行う特権を与えました。

・ 琉球はもともと糸満港、那覇港を中心に
  中国・朝鮮・東南アジアの交易をしていましたが、
  それ以後、さらに東南アジア・中国・朝鮮・日本を結ぶ国際交易を盛んに行い、
  「大交易時代」と呼ばれる繁栄期を現出しました。

・ 琉球船は、福州などの福建の港に盛んに出入りしていましたが、
  1605年に明から帰った野国総管が「サツマイモ」の栽培法を伝えました。

・ 琉球における「サツマイモ」の普及に努めた人は「儀間真常」と言われています。

・ 琉球の風土にも合った「サツマイモ」は、
  『カライモ』と呼ばれ、やはり救荒作物として普及しました。

・ 1609年に「明との交易の利権」を・取するために、
  琉球王国は、軍艦100余隻、わずか兵員3千人の島津家に占領されるのですが、
  その直後に「サツマイモ」は、前田利右衛門によって薩摩に伝えられ、
  当初は「琉球イモ」と呼ばれましたが、
  普及後「サツマイモ」に改名され、現在に至っています。

「何だ、サツマイモか」と、思わないようにしなくてはいけませんね。

さらに詳しい、参考になるサイトはこちらからどうぞ
   さつまいも通信
   甘藷伝来400年


「琉球」は、アジアのハブ港であり、
西欧〜インド〜東南アジア〜中国〜琉球〜種子島〜九州
という海上交易ルートが確立され、
種子島の『火縄銃』にしても、琉球と無関係ではありません。

明国広州を出航し、琉球に立ち寄り、
中国の他の蜷とに向かう明国船(ジャンク)が、
台風で種子島に難破・漂着して
「火縄銃」に関心を持った当主が買い取り(現在の2億円)、
伝授させたものです。

琉球の当主が、「火縄銃」に関心がなかったのは、
今からすると残念もうやだ〜(悲しい顔)ですが、きっと、その存在自体は知っていたはずですよexclamation
posted by RIU at 15:08| 沖縄 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月17日

肥料としての「鶏糞」は?

鶏糞.jpg

「鶏糞」という肥料のメリットは、
“安価”
“遅効性”(ゆっくり長く効果がある)
“肥料の3要素以外に数々の微量要素が豊富に含有している”
ことで、
化成肥料や牛糞、米ぬかなどと混ぜて、
より有益化を奨励する人も多いのですが、
私は肥料としては買いません(今は使っていません)。

鶏は、「食べた6割を未消化」で、出してしまうのです。
畜産飼料、特に養鶏飼料では、ワクチンやホルモン剤を入れて、出荷を早めていますよね。
「6割を未消化で出す」ということは、「残留抗生物質」が、土に入ってしまうことは困る、と考えているのです。

鶏糞がダメだというのではなく、
「養鶏飼料(エサ)に問題がある」と思うのです。

いずれ、自前で放し飼いのニワトリを飼うつもりでいます。
新鮮な地鶏卵もタダで食べたいし(これが主目的?)。わーい(嬉しい顔)
エサは、雑草や畑の穀物などで十分でしょう。
エサの出所や安全性が分かれば、鶏糞の利用も可能になります。

鶏やウサギ、ヤギなどは、雑草を刈るには便利なはずで、
いつか使ってみたいと考えています。

本島中部でコーヒーを30本程度栽培している人がいて、
畑の周りを高価な防風ネットで囲い、
その中では、元気なコーヒーの木と、
ニワトリが約20羽放し飼いになっているのを見たことがあります。
うらやましいですね。

翌年、どうなったか様子を見に行きましたら、コーヒーの木は、全て枯れていました。がく〜(落胆した顔)
防風ネットに異常はないので、台風被害はあまり感じられません。
よく見ると、コーヒーの木の幹が、削られていました。
ニワトリが敷地内の雑草を食べつくし、コーヒーの幹まで突いたのでしょうか?
また、生鶏糞の撒き散らしによる、根の痛みも考えられます。

畑にニワトリを放すなら、
守る作物は金網などで、カバーしないといけないでしょうね。
ネコやイヌが入って来られないような柵も必要でしょう。

生・鶏糞も、そのまま撒き散らしではマズいので、一箇所に集められるかどうか?
発酵促進させるように、その上から米ヌカを撒いた方が良いかも。

こうやって考えると、農業って大昔からあまり進歩がないですね。
(私の無知が最大の問題ですが)

大昔のヨーロッパの農業というのは、
耕作地を毎年転々として変えてゆく移動農業から、
ローマ時代の「2年周期農法」になり、

二圃制による輪作」 
  ・ 耕地をA、Bの2つに分け、Aには小麦、野菜を栽培し、
    Bは1年間休耕し、そこに家畜を飼い、糞尿を肥料として地力を高め、
    翌年AとBを交換する、という農法
三圃制による輪作」
  ・ 耕地をA,B,Cの3つに分け、
    Aには秋撒き小麦(人間用)、
    Bには春撒きカラス麦(家畜エサ用)
    Cは家畜放牧用
  ・ 3年に1度、耕地を休ませることによって、地力回復を目的とする農法

が、「耕地の集約化」「共同作業化」になり、
「農民の集落化」が『村』を形成し、
やがて、器具の改良・肥料の採用による「農業革命」で
農民の暮らしにゆとりが生まれて、
現在の「欧州の農業大国化」に至っているのですよね。

ヨーロッパと日本では、その「地力」自体が違います。
ヨーロッパは、氷河が削り取った大地なので、基本的に地力がなく、
ヤセているために「輪作」ができないんですよね。

日本は、河川が運んできた肥よくな土壌で、基本的に連作が可能です。

牧草の生産力の比較では、1ヘクタール(3千坪)あたり、
アメリカ 3トン
フランス 6トン
日本   30〜70トンと言われています。

これだけ、日本の土壌に地力がありながら、
日本農業が壊滅的に追い込まれているのは、不思議でしょう?

「農業の大きな団体が原因」だと、私は思っています。
この団体の弊害については、またいつか連載することになりそうです。

話は、それましたが、地鶏放牧は、すぐにやらずに、少し「課題」にしたいと思います。
地鶏卵も、しばらくお預け。

乾燥鶏糞は「産業廃棄物」ということですし、
南九州、とくに宮崎県では鶏糞の使用は少なく、
その鶏糞を船で沖縄に運び、沖縄では、有難く使っているのが現状です。
買ってくるのは、農業の大きな団体組織です。
買わされているのは、組合員農家です。

なぜ、宮崎県では鶏糞を使わないの?
そこに問題がありそうですよね。

沖縄は、毎日雨雨続き。
昨年は晴れ日照り状態だったのが、今年は平年の2倍も霧降っています。

コーヒーの植え付けがほとんど終わっていますので、
“恵み”の小雨雨になっています。わーい(嬉しい顔)


posted by RIU at 12:03| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(2) | 農業雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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