2005年07月25日

沖縄といえば「シーサー」〜その11

屋根獅子の始まり

首里城正殿の隅棟(すみむね)で、
中央あたりの全面と背面に1対ずつ「獅子面」を見ることができます。
おそらく、これが屋根獅子としての始まりなのではないでしょうか?

ふつう「隅棟」は、中国でも韓国でも本土でも、
『鬼瓦』を置く所ですが、
沖縄では「鬼面」の変わりに「獅子面」を置いている訳です。

琉球王朝が、首里城建築において、瓦ぶき屋根を造るとき、
隅棟に鬼瓦を4つ付けることを、まさかケチったとは考えられませんが、
沖縄独特の合理主義から?鬼瓦ではなく、
屋根獅子をポツンと置くようになったのです。

この時点では、鬼瓦に期待する「魔除け」としての意味合いも
充分に加味されていたことは、言うまでもありません。

屋根獅子は、構造的に後から取り付けられないので、
瓦ぶき屋根を造る時に取り付けていると思われます。

首里城は、1945年の沖縄戦で米軍の艦砲射撃で跡形もなく
吹き飛ばされましたので、現在の首里城は、
1992年(平成4年)に「本土復帰20周年」に併せて復元され、
2000年12月に「琉球王国の城(グスク)及び関連遺産群」(9ヵ所)が
世界遺産として登録されています。

艦砲射撃で吹き飛ばされる前の首里城は、
何度も焼失しては立て直しを繰り返しているのですが、
最終的な形は1729年ですから、
この時が「屋根獅子」の起源として考えても良いのではないでしょうか。
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2005年07月24日

沖縄といえば「シーサー」〜その10

沖縄ワールド・シーサー3.jpg

沖縄観

沖縄には独特の世界観・宇宙観・宗教観があって、
それらは古くからあった元々の土着信仰と、
日本や中国の宗教(仏教、道教など)が混ざり合って形成しているものです。

沖縄が「チャンプルー文化」と言われる由縁ですね。

例えば,
家庭の守り神である「火の神(ヒヌカン)」は、
中国では「道教のかまどの神」であったものが、
沖縄に伝わってから変容したものです。

また、
火の神が家庭単位の信仰であるとすれば、
御嶽(ウタキ)」は村落単位の信仰の対象であり、
本土での鎮守の杜や神社に相当します。

海上楽土があるとされる「ニライカナイの信仰」は、
沖縄全体の信仰対象であると言えます。
posted by RIU at 00:09| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月23日

沖縄といえば「シーサー」〜その9

沖縄ワールドシーサー2.bmp

屋根獅子の魅力

屋根獅子が、屋根と一緒に風化してゆくところが魅力的だと思います。

屋根が古くなり、屋根獅子も同じように古色を帯びることで、
屋根全体と調和して一体感が出て、
さらに美しさと貫禄、風格も出て来るのです。

シックイと瓦のかけらという限られた材料で作られた“正規品”は
屋根と調和して「良い味」を出しているのですが、
最近の焼き物シーサーは、味気なく、違和感があります。

屋根の風化に、焼き物がいつまで経っても新品同様だから、
浮いてしまうんですよね。

焼き物なら、まだ、私は「素焼き」の方が好きです。

屋根左官職人は、屋根の形や大きさなどを意識して、
それにあったものを祈りを込めながら無心で作ったので、
屋根全体と調和したものができたのですね。
posted by RIU at 00:06| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月22日

沖縄といえば「シーサー」〜その8

シーサー2.bmp

中国に伝わった獅子
中国で墓前に据えられた最古の獅子は、
武氏祠(山東省嘉祥県)の翼をつけた石彫獅子と伝えられています。
これは後漢時代の獅子で、翼をつけたその姿は西域の様式です。

漢の時代には、すでに西域との交通路(シルクロード)が開かれていて、
獅子の概念もこのころに導入されたものと思われます。

中国の獅子には、はじめのうちは西域の強い影響が見られますが、
やがて中国独自の様式が生まれて来ます。

古代より中国には、麒麟・龍といった縁起のよい瑞獣、
あるいは鳳凰のような瑞鳥を創り出す慣習がありました。
孫悟空や沙悟浄、猪八戒もその時期からexclamation&question

中国の文献に「獅子」が登場するのは、
「漢」初期の、中国最古の辞典『爾雅(じが)』の中に、
「ざん猊(げい)は虎猫(こびょう)の如し、虎豹(こひょう)を食う」
という記述があります。

梵語で、獅子のことは「シンハ(Snmha)」と発音され、
ざん猊(げい)は、その音訳で、
獅子は、その頭文字の「シ(Si)」を取った略称だと言われています。

獅子もいつしか中国風に変容し、現実のライオンから遠ざかっていったのでしょう。

こうして、唐の時代になると、中国独特の「唐獅子」が登場してきます。

洋の東西を問わず、獅子には
権威の象徴守護神(魔よけ)装飾
という、3つの共通した意味づけがなされています。

どれに比重を置くかは、その時々の用途によって異なり、
また複合的に用いられたりしています。

中国の獅子は、もっぱら貴族の墓前や廟、宮殿、寺院の守護神として設置されており、
公的な場所に獅子を据える形式は古代オリエントの慣習が伝わったものといえます。
posted by RIU at 00:23| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月21日

沖縄といえば「シーサー」〜その7

南風原・シーサー.jpg

沖縄に獅子がいつごろ伝来したか?
・ 浦添ようどれ(浦添城の崖下に築造されている琉球国中山王・英祖のお墓)の
 石棺に彫刻されている獅子
・ 玉陵(たまうどぅん、琉球王家の墓)の獅子
・ 首里城の歓迎門や瑞泉門の獅子
などは、13〜14世紀頃と言われています。

琉球王朝の重要な歴代古文書類が、
1609年の薩摩の侵略時に、大部分が焼失してしまっているので、
残念ながら詳細は解っていないのです。

琉球王府や上層階級によって、獅子は受容され、
以降、沖縄文化の素地の中で変容してきたと考えられます。

屋根獅子は、当初は「飾りを置く」ことを考えたのだと思います。
「飾りを置いて」ついでに「魔除け」を兼ねさせようとしたもので、
最初から「魔除け」は考えていなかったのではないでしょうかexclamation&question

『魔除け』が主願であれば、
何らかの形で、かやぶき屋根の家にもあるはずが、
実際にはかやぶき屋根には屋根獅子はなくて、
瓦屋根だけにあった
のがその理由です。
posted by RIU at 07:41| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月20日

沖縄といえば「シーサー」〜その6

素焼きシーサー.jpg

屋根から獅子が降りてきた
最近は、門柱に獅子を置くのが流行していますが、これは戦後の現象です。
風水とは全く無縁の、ただの“お飾り”になってしまいました。

門に置くときは、
1つが口を開いて、もう1つは閉じている「対」になっていることから、
口を開いているのが「雄」で、
閉じているのは「雌」である、
と言っている人もいますが、そういう単純なものではなく、
これは物事の初めと終わりを意味する「阿吽(あうん)」を表現したもので、
「雄・雌」の区別ではないと考えています。

屋根に置いてあるのは、
獅子が勢いよく悪霊に噛みつくために、ほとんどが口を開いているはずですよ。
となると、ほとんどが「雄」なのでしょうかexclamation&question
であれば、「雌」も、登っていないといけないですよねexclamation&question

最近は、素焼きや陶器製の獅子が増えています。
土産品として、お客様の目を意識したような作りが、味気なさを増幅させます。もうやだ〜(悲しい顔)
口を開けて悪霊に立ち向かう、という感じではなく、
ただ、いにしえの形をマネした、
マンネリズムの置き土産・オブジェになってしまいました。もうやだ〜(悲しい顔)
安倍なつみ状態とでも言いましょうかexclamation&question

市販される陶器製の獅子は、ほとんどが台湾製ですし、
素焼き製も、型にはめて概略をつくる、
「型に入れてポン」式の簡易的なものになってしまいました。

最近は100円SHOPのダイソーにも、獅子が売っているんですよね。

昔は、一心不乱に創ったので、
自然に技術の修練につながっていたのだと思います。

現代人は、中身より、周りの目を過剰に意識し、
展覧会に出品して賞を取ろうとする、名を挙げるような功名心が先走り、
それが素朴さ、真心さが感じられず、
心を打たなくなってしまったのではないでしょうかexclamation&question

片岡鶴太郎は才能はあると思いますが、
私は彼の「絵」や「字」を見ても、感動したことがありません。
むしろ小室哲哉の楽曲のような、チープな感じを受けてしまいます。
加山雄三の絵もそうですね。
そこそこ描いているのだけど、何か「感動」がないです。

片岡鶴太郎は、人の目を意識した創り方になっているからだと、
私の「素人目」にも分かってしまうからです。
一種の「ウケ狙い」作品だと、私は思っています。

心の中から、湧き出したイメージを、
周りの目を意識せず、そのまま作品にするような、
岡本太郎やジミー大西、かつての沖縄の屋根左官職人とは違うと思っています。

最近の「お土産シーサー」も、そのように考えていますので、
少し残念に思っています。
posted by RIU at 07:08| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

沖縄といえば「シーサー」〜その5

シーサー.jpg

屋根に登った獅子
中国大陸との間に東シナ海を抱く琉球諸島には、
昔から、この世に幸福をもたらす“ニライ・カナイという、
海の彼方の楽土に対する信仰がありました。

ニライ・カナイ”から潮に乗って、風に乗って、
ニライの神が、様々な人やモノ、文化宗教などが渡来して来ました。
そして獅子もまた。

沖縄にたどり着いた獅子は、
“シーサー”と呼ばれる沖縄独特の獅子に姿を変えて、
ついには屋根に登ってしまいました。
森繁久弥も一時シーサーだったexclamation&question
屋根に獅子を飾るというのは、世界で沖縄だけです。
屋根獅子は、シルクロード=ライオンロードの終着点、というわけです。

「玉陵(たまうどぅん)」という琉球王朝の墓や、
「浦添ようどれ」という13世紀頃の王墓には竜の頭があり、
「首里城正殿の竜柱」には昇竜が鮮やかに描かれており、
屋根に登るのは竜でも良かったのではexclamation&question
と不思議になりますが、
それでも獅子が選ばれたのは、
魔除けや、台風とか災害から家を守ってもらいたいという、
獅子の強さに託した“安全祈願”からくるもので、
ライオンが力の象徴であり、魔除けの意味もあるという、
古代オリエント以来の考え方が、世界中に浸透しているわけですね。

屋根に登った獅子たちを見てゆくと、
・ 正面を向くもの
・ 横から振り向いたもの
・ 後ろを振り返ってしまっているもの
・ 今にも飛び掛りそうに、身を低く構えたもの
などが瓦屋根の中央や隅に、這ったり、座ったり、寝そべったりしています。

獅子の顔は、
・ 猿
・ 犬
・ 猫
・ タヌキ
・ トラ
など、いろいろな動物に似ていて、
中には“妖怪”といか思えないものや、人間の顔に似たものまであります。

その表情も独創性に富み、
・ 大真面目なもの
・ 威張っているもの
・ あざ笑うもの
・ 怒っているもの
・ 考え込んでいるもの
・ にらみを効かせるもの
など様々なものがあります。

さらに、年老いたものや若々しいもの、親子連れのものまであり、
どれ一つとして同じものがないことから、
さながら“獅子・五百羅漢”のようなものですね。

どこからともなく、こっそりとやってくるマジムン(魔物)から家々を守る彼らには
厳しい自然の試練が待ち受けています。

毎年必ずやってくる台風の強烈な横殴りの風雨に打たれ、
またサンサンと降り注ぐ強烈な日差しを全身に浴びながらも身じろぐことがなく、
屋根の上でじっと頑張っています。

白かったシックイは、いつしか黒ずみ、
彩色のはげ落ちた姿を眺めていると、
どことなく、滑稽さが漂い、親しみがさらに湧いてきます。

彼らの細工を見ると、技術的には一見レベルが低く思えるのですが、
見れば見るほど「感動的」、「芸術的」で、不思議な魅力を持ちあわせており、
思わずその場にたたずんでしまいます。

今日的を見せるために、「見てもらうため」を意識した、
観賞を前提として作られたものとは全く異質な、
ホンモノの凄さがそこにはあるのです。

厚い信仰を持った屋根左官の祈る手で、
手早く(3時間前後で完成させたようです)作られることで、
屋根獅子には「セジ(霊力)」が宿ります

「ウー瓦(男瓦)」と「ミー瓦(女瓦)」を材料として、
シックイでつなぎ固めながら形作られるのですが、
その時に「ウー瓦(男瓦)」と「ミー瓦(女瓦)」の魂は合わさり、霊化され、
強いセジとなって、異様さの中にこもっているわけです。

屋根獅子作りは、家を仕上げて、
その最後に作る、言わば“打ち上げ”のようなものですから、
屋根左官自身が楽しんで創ったのだと思います。

芸術の本質の1つとして、「面白さ」は欠かすことが出来ない要素です。

美術館や展示会の、ある魅力的な作品の前で立ち止まり、
しばらく見入ってしまうことは誰でも経験があると思います。

どんなに、技巧的には高くても、
「面白くない」「感動がない」ものは芸術的価値として欠けていると思います。

そういう意味では、屋根獅子には、どれも芸術性がある、と言えるでしょうexclamation

屋根獅子に見とれるあまり、
家主に「不審者」と誤解されることがしばしばあるくらいです。もうやだ〜(悲しい顔)

屋根左官自身にも、
この分野だけは、建築注文主を無視して、
自分の独創性が発揮できる喜びがあったのだと思います。

家や屋根の大きさ、色などから屋根獅子の大きさまでもが、
みごとにマッチングされているのは、
「無心が生み出す良さ」「純粋さ」「素朴さ」「真心」があったからこそだと思います。
posted by RIU at 09:54| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月18日

沖縄といえば「シーサー」〜その4

沖縄ワールドシーサー2.bmp

廃藩置県より前の沖縄
・ 王朝時代は、農村での瓦屋根が許されず、一般住宅は「茅(かや)ぶき屋根」でした。
・ 茅(かや)ぶき屋根の上には、屋根獅子は置けない。
・ 首里の士族階級に限っては、瓦屋根が許されていたが、
ほとんどが儒教(=韓国の思想)か仏教の禅宗を信仰しており、
道教的要素が強い屋根獅子は使わない考え方なので、
那覇では屋根獅子はなかった
と考えられます。

明治以降の沖縄
・ 廃藩置県で、瓦屋根が許されました。
  毎年台風に悩まされてきた人々にとって、
吹き飛ぶことのない瓦屋根に住む“憧れ”があったことと推察されます。
・ 瓦屋根の解禁は、明治22年で、これ以後普及しだしました。
・ 当時は、農漁村の中でも、漁村が比較的生活レベルが高く、
  海岸べりの漁村に瓦屋根が多かったようです。
・ 戦前では、那覇山下の垣花(かきのはな)という漁村が栄え、
  屋根獅子を一番多く見られた地域と言われています。
・ 瓦ぶき屋根の家が持てたのは、
  当時では、その地域の相当の資産家しかできないことでした。
・ 中流階級クラスは、
  茅(かや)ぶき屋根と瓦屋根の折衷型
  「雨台瓦葺(あみだいがあらぶち)」という、
  軒部分だけを瓦ぶきにして、軒先に屋根獅子を乗せていました。
    「雨台(あみだい)」=「雨だれ」、
    「雨台瓦(あみだいがあら)」=「雨水を溜める手段」
  水道の普及と共に、雨水を溜める必要性が薄れ、以降急速にすたれてゆきました。

中国から沖縄に獅子が入ってきたのは、
13〜14世紀と言われていますが、
一般住宅の屋根に「シーサー」が登ったのは、
まだ最近のことだと思われます。

posted by RIU at 00:15| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

沖縄といえば「シーサー」〜その3

沖縄ワールドシーサー.bmp

シーサーの向き
沖縄は、中国の道教の影響を強く受けています。
道教の民間信仰「風水」は沖縄方言で「ふんし」と言われ、
シーサーの向きに極めて重要な役割を果たしています。

「“家の向き”がどうこうではなく、四方八方、家のどちらに何があるか?」
という考え方で、
それが「その家の家相」というか「運命を左右する」という考え方が『風水』で、
「水の出る方角」
「風当たりの強い方角」など
気象条件や自然科学的な意味合いも加味されており、今でも多くの人が支持しています。

屋根獅子が作られるときは、新しい瓦屋根の完成する直前で、
それが屋根左官の最後の仕事になりました。

この時に重要なのが、屋根獅子設置の「方角」で、
・ 家主が決める場合
・ 屋根左官に任される場合
とがあり、好き勝手な方角に向けて設置されたのではなく、
きちんと“風水”で計算された方角に顔を向け、にらみを効かすことが、
屋根左官の最も大切な役目になっていました。

屋根獅子の顔の向きは、基本的に以下の3つが「決められた方角」です。
・ 「きりんち返し
  屋敷の正面に山や丘があると、運気がさえぎられてしまい、
  「発展性がない」と風水では言われているようです。
  それを「サン」と言い、サンを抑えるために「獅子」を置くわけです。
  T字路、三叉路のうち、1本が「きりんちが強い」と言われ、
  その方向に「石敢当(富)〔いしかんどう〕」が置かれ、
  その石敢当(富)を「きりんち返し」とか、次の「やなかじ返し」とか言います。
・ 「やなかじ返し」、丑寅(うしとら)−東北の方角  
  沖縄方言で“カジヌニー”(悪風の根)と言われ、『鬼門』の方角。
  「悪風」=「悪霊」で、
  動物霊、人間に良い影響を与えない悪魂のことを“やなかじ”と呼んでいます。
  「ヤナ感じ」ではないですよ。
  T字路に囲まれて屋敷がある場合、
  屋敷に向かって真っ直ぐ突き当たる道の塀には、
  必ず「石敢当(富)」が置かれますが、
  その方向にもよく「屋根獅子」が置かれています。
・ 午(うま)−真南の方角  
  その方角に門を構えると、火難にかかりやすく、
  「火災除けの方角」とされています。
  「火伏せ」と言って、『軒』の方に屋根獅子を設置しています。

「石敢当(富)」とは
中国から伝わった風習で、あちこちの丁字路や三叉路の壁に置かれているもので、
魔よけとしての意味があります。
魔物は曲がる事が出来ず突き当たりから家に入ってくるので、
それを封じるためにこの表札のような石が置かれるのです。
「石敢富」、「石敢当」などと書き、
読み方は「いしがんとう」・「せきがんとう」などと読みます。

詳しくは、下記ページをご覧下さい。
   石敢当とは?
posted by RIU at 05:22| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月16日

沖縄といえば「シーサー」〜その2

0408シーサー.jpg

「シーサー」次項有「獅子」次項有「ライオン」
本土では「狛犬」や「唐獅子」、沖縄では「シーサー」と呼ばれる獅子像は
古代オリエントやインドのライオンが原型です。

唐獅子が日本に伝来したのは唐の時代と言われています。
日本では、奈良・平安時代に当たり、遣唐使や留学僧がさかんに往来した時代でした。
伝来当初の獅子は宮中の守護獣として用いられていました。

当時の獅子面が日本で一番古く、正倉院に宝物として保存されており、
“ライオン似”で、日本各地に見られる獅子面の原形となったのだと思います。

「唐獅子」・「狛犬」・「シーサー」のルーツは同じでも、
中国大陸から直接わたってきたのが「唐獅子」、
朝鮮半島を経てきたのが「狛犬」
中国から沖縄に伝わったのが「シーサー」
となったわけですね。

獅子舞用の獅子面には「毛」を付けますが、
これは“ライオン”を意識したものと考えられます。
胴体部分には「毛」はないのですが、唐草模様に「毛」が図案化されているわけです。
東京ボン太の祖先もライオンだったexclamation&question
舞うときのしぐさもライオンに似ているような感じですよね。

「獅子」という言葉は、明らかに“ライオン”を意識していたはずですが、
沖縄で屋根に登ると、沖縄独特の大らかさで
「ライオンなんかどうでも良く」なり、ついには“猫”のようになってしまったのでしょう。
「ライオン」自体、見たことがないのですから、やむを得ませんよね。

「狛犬」の「コマ」というのは「高麗」=「朝鮮」=「外国」という意味で、
獅子を見たことがないために、「外国の犬だろう」という意味で、
“コマ犬”になったのです。

狛犬が神社の参道に置かれるようになるのは江戸時代からで、
それ以前は神社や寺院の建物に安置されていました。

狛犬のことを本来は「獅子・狛犬」とよび、
神殿に向かって右側で口を開けているのを「獅子(阿形)」、
左側で口を閉じたのを「狛犬(吽形)」と区別していました。
物事の初めと終わりを意味する「阿吽(あうん)」を表現したもの、と言われています。

それが江戸時代に入り、参道に定着するようになると、
単に「狛犬」と呼ばれるようになったのです。

「シーサー」は中国の獅子が沖縄に伝わり、
現在では家の門や屋根の上から、その家を守る“神”になりましたが、
世界中を見ても、一般庶民生活の中に深く「獅子」が入り込んだのは沖縄だけです。

本土では「狛犬」は神社止まりで、生活の中には入り込んでいません。

ヨーロッパでは、建物の壁面やドアの飾りとして頻繁に使われていますし、
紋章には必ずと言って良いほど用いられていますよね。
posted by RIU at 00:35| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

沖縄といえば「シーサー」〜その1

壷屋シーサー.bmp

沖縄文化を代表とするものとして、
民家の屋根に置かれたり、
門柱に置かれたりしている「シーサー」があります。

「シーサー」は、獅子であり、
その原形は百獣の王といわれるライオンである
ことはご存知の通りです。

沖縄では、琉球の古文書類が少なく、まだ十分な解明がなされていません。
沖縄では、過去2回多くの古文書類が焼失しています。
1609年の薩摩(島津)による琉球侵略の時は、
アルカイダの仏像破壊のように、一方的に焼失しましたし、
1945年の沖縄戦で、アメリカ軍の艦砲射撃で焼失・粉砕しています。

「未知のロマン」あふれる、と言えば格好良いですが、
歴史が不透明なのは、何とも寂しい限りです。

今回、「その1」としたのは、
・ シーサーのルーツ
・ 屋根獅子のおこり
・ 獅子が屋根に登った理由
・ 「シーサー」が流行りだした時期
・ 「シーサー」の向き
・ 「シーサー」のオス・メス
などについて、テーマごとに記述したいと思ったからです。


今日は、
「シーサー」という言葉について
考えたいと思います。

村芝居で「獅子舞」のことを
方言で『シーシケーラシ』と言います。
「ケーラシ」とは、“ひっくり返る”という意味なのですが、
「獅子舞がひっくり返るように演舞するから」だと思います。

「シーシ」というのは『獅子』ですよね。

「シーサー」の“シ”は、「獅子」の『シ』、というのが1つ。


セイロンの国名はサンスクリット語で
「シンハラ・ドヴィーパ」と言い
獅子の島』という意味なのです。

なぜ、セイロンが出てくるのかというと、後日記述しますが、
エジプトのスフィンクスやシンガポールのマー・ライオン、
中国の唐獅子、日本の狛犬、沖縄のシーサーは、
そのルーツが古代オリエントにあり、
西から東へ、シルクロードや海上ルートを経由して
最終的に日本や沖縄に到達している
ので関係があるのです。

シンガポールの国名も、サンスクリット語で
「シンガ・プラ」と言い
獅子の町』という意味なのです。
「シンガ」は『獅子=(ライオン)』、「プラ」は『町』の意味です。

それらの頭文字も『シ』で「獅子」ですよね。
これが「シーサー」の『シ』だと思うのです。ひらめき

獅子も英国では門衛像として、ライオン実物に近いブロンズ像がありますよね。
確か、三越の入り口にもありましたね?

となると、「サー」は『sir(敬称)』なのでしょうかexclamation&question
それとも「シーさ」で『シーサー』exclamation&question
まさかね。

「シーシ」が訛って『シーサー』になったのだと思いますが、
「サー」については、まだわかりません。もうやだ〜(悲しい顔)

シー・ズー という種類の犬がいますが、
中国では「獅子狗(シー・ズー・クゥ)」と呼ばれ、『ライオン』を意味するようです。
それも、なんとなく「シーサー」に似てますね。

画像は、「壷屋」という、焼き物の町(通り)があるのですが、ここの屋根のシーサーです。
posted by RIU at 15:41| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄といえば「シーサー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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