屋根に登った獅子中国大陸との間に東シナ海を抱く琉球諸島には、
昔から、
この世に幸福をもたらす“ニライ・カナイ”という、
海の彼方の楽土に対する信仰がありました。
“
ニライ・カナイ”から潮に乗って、風に乗って、
ニライの神が、様々な人やモノ、文化宗教などが渡来して来ました。
そして獅子もまた。
沖縄にたどり着いた獅子は、
“シーサー”と呼ばれる沖縄独特の獅子に姿を変えて、
ついには屋根に登ってしまいました。
森繁久弥も一時シーサーだった
屋根に獅子を飾るというのは、世界で沖縄だけです。
屋根獅子は、シルクロード=ライオンロードの終着点、というわけです。
「玉陵(たまうどぅん)」という琉球王朝の墓や、
「浦添ようどれ」という13世紀頃の王墓には竜の頭があり、
「首里城正殿の竜柱」には昇竜が鮮やかに描かれており、
屋根に登るのは竜でも良かったのでは
と不思議になりますが、
それでも獅子が選ばれたのは、
魔除けや、台風とか災害から家を守ってもらいたいという、
獅子の強さに託した“安全祈願”からくるもので、
ライオンが力の象徴であり、魔除けの意味もあるという、
古代オリエント以来の考え方が、世界中に浸透しているわけですね。
屋根に登った獅子たちを見てゆくと、
・ 正面を向くもの
・ 横から振り向いたもの
・ 後ろを振り返ってしまっているもの
・ 今にも飛び掛りそうに、身を低く構えたもの
などが瓦屋根の中央や隅に、這ったり、座ったり、寝そべったりしています。
獅子の顔は、
・ 猿
・ 犬
・ 猫
・ タヌキ
・ トラ
など、いろいろな動物に似ていて、
中には“妖怪”といか思えないものや、人間の顔に似たものまであります。
その表情も独創性に富み、
・ 大真面目なもの
・ 威張っているもの
・ あざ笑うもの
・ 怒っているもの
・ 考え込んでいるもの
・ にらみを効かせるもの
など様々なものがあります。
さらに、年老いたものや若々しいもの、親子連れのものまであり、
どれ一つとして同じものがないことから、
さながら
“獅子・五百羅漢”のようなものですね。
どこからともなく、こっそりとやってくるマジムン(魔物)から家々を守る彼らには
厳しい自然の試練が待ち受けています。
毎年必ずやってくる台風の強烈な横殴りの風雨に打たれ、
またサンサンと降り注ぐ強烈な日差しを全身に浴びながらも身じろぐことがなく、
屋根の上でじっと頑張っています。
白かったシックイは、いつしか黒ずみ、
彩色のはげ落ちた姿を眺めていると、
どことなく、滑稽さが漂い、親しみがさらに湧いてきます。
彼らの細工を見ると、技術的には一見レベルが低く思えるのですが、
見れば見るほど「感動的」、「芸術的」で、不思議な魅力を持ちあわせており、
思わずその場にたたずんでしまいます。
今日的を見せるために、「見てもらうため」を意識した、
観賞を前提として作られたものとは全く異質な、
ホンモノの凄さがそこにはあるのです。
厚い信仰を持った屋根左官の祈る手で、
手早く(3時間前後で完成させたようです)作られることで、
屋根獅子には「セジ(霊力)」が宿ります。
「ウー瓦(男瓦)」と「ミー瓦(女瓦)」を材料として、
シックイでつなぎ固めながら形作られるのですが、
その時に「ウー瓦(男瓦)」と「ミー瓦(女瓦)」の魂は合わさり、霊化され、
強いセジとなって、異様さの中にこもっているわけです。
屋根獅子作りは、家を仕上げて、
その最後に作る、言わば“打ち上げ”のようなものですから、
屋根左官自身が楽しんで創ったのだと思います。
芸術の本質の1つとして、「面白さ」は欠かすことが出来ない要素です。
美術館や展示会の、ある魅力的な作品の前で立ち止まり、
しばらく見入ってしまうことは誰でも経験があると思います。
どんなに、技巧的には高くても、
「面白くない」「感動がない」ものは芸術的価値として欠けていると思います。
そういう意味では、屋根獅子には、どれも芸術性がある、と言えるでしょう

屋根獅子に見とれるあまり、
家主に「不審者」と誤解されることがしばしばあるくらいです。

屋根左官自身にも、
この分野だけは、建築注文主を無視して、
自分の独創性が発揮できる喜びがあったのだと思います。
家や屋根の大きさ、色などから屋根獅子の大きさまでもが、
みごとにマッチングされているのは、
「無心が生み出す良さ」「純粋さ」「素朴さ」「真心」があったからこそだと思います。